杜の舟型録帳/木工芸・童話・小説

記憶の介在・ハルエさん
一話・ハルエさん
「親を看る」ご来訪されるお客様の中に
そんな方々も多く、その付き合い方について
話題に上ることも多いが、そんな中にも
つい愚痴のひとつやふたつ零れることもある。
親の介護は子供の成長を逆回ししているようで
次第に運動機能を失いながら言葉も記憶も
薄れてしまうと思われがちだが、現在93歳の
おとぼけ母親と長く付き合っていて感じるのだが
記憶の検索、つまりシナプスの減退や混線によって
深層にある記憶を引き出せずにいるのである。
この過去のデータ量が「這えば立て、立てば歩め」の
子供たちのがらがらの記憶室とは大きな違いであり
その人の経験してきた一世紀近くの歴史は
消去されることなく記憶されて在るのである。
食の嗜好などが変わらずにあるのは、それを五感で
記憶し、複数のシナプスの束で記憶に繋げて
検索の鍵を沢山持っているからに違いない。
内のボケばーちゃんは殊の外うどんが好きである。
祖父が若いころに製麺をやっていたらしく
子供のころには毎日のように食べたそうである。
冬は釜揚げ、夏は冷やしと四季折々の記憶と
うどんが繋がっていて、さまざまの言葉や映像
温度、触感、嗅覚、味覚などが連想ゲームのように
うどんとリンクしているのである。
だから、今でもうどん好きは変わらず、入院していた時に
退院いちばんに食べたいものを尋ねたら

『うろん。ちゅるちゅる~』と笑顔で、お道化ながら
如何にも美味そうに
、仕草まで真似て見せるのである。
この連想こそが失われたと思われている記憶を
手繰り寄せるシナプスの迂回路なのである。
ならば、いやな記憶を思い出すのも、楽しい想い出を
引き出すのも、シナプスの補強の仕方次第ということになる。
記憶の介在 (1)
そんなことを思いながら、一番輝いていたであろう
十七の母の写真を手元に置いている。
退院した時、一番にうどんを食わせたのは言うまでもない。

❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀KIOKUNOKAIZAI❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀
記憶の介在◀記憶の介在悦子さん

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