杜の舟型録帳/木工芸・童話・小説

夢病譚5・界境線
夢病譚・5
界境線
身動き出来ずに病に伏すという程でもないのだが
この数日、療養に専念せねばならない羽目になり
工房の隅にある事務所兼書斎続きの書庫で過ごしている。
深々と寝も遣らず座すことも適わず自由を制限された身体を
板敷きにごろりと横預けしての読本三昧しか用は無いのである。
二日も薄暗い書斎に閉じ込められていると昼夜の区別もなく
チャキチャキと煩く駆け巡る掛け時計に行動を支配され
針の指し示す時間毎に藪医から処方された薬をハーブ水で飲み
その薬のせいもあってか、とろりとろりと惰眠の中にありながら
腹が減るでもなく膨れるでもなく退屈の退屈さを味わっている。
それでも四日目になると身仕舞いには大きな不自由さもなくなり
まだまだ、刺すような暑気には耐えられそうにはないが
外気を吸いたくなれば早朝や日入りの庭に出ることはできた。
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何時までゴロゴロしていても腹も減らないし、身体慣らしに

少し足を延ばしてやろうと、
草臥れてツバの破れた麦藁を阿弥陀に被り
眩しく照り返す夏草の原に切り絵のように横たわる樹影を渡って
工房の北に茫々と広がる月の広場に足を踏み入れた。
その先は手入れも行かず刈り残された草背丈ほどに繁茂して
葉も茎もぢりぢりに陽妬けて針のように乾燥しきって行く手を阻んでいる。
確かに月の広場の奥に黒々と盛り上がる椿山は涼しげではあるが
鑢のような草藪を漕いで進む程の事かと迷い立ち止まってしまう。
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『こちらをどうぞ。』草叢から白い顔を覗かせた笹百合
道案内だと言わんばかりに、か細い声で話しかけてくる。
なに驚くこともない、この風の丘では生き物だけでなく
石ころや風だって気まぐれにしゃべり掛けてくるのだから。
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三尺ばかりに背伸びした笹百合が、こっくりとうてなを傾げた方に
目を凝らすと、今にも雑草に呑まれそうになった木道が
覗いて見える。
促されるままに木道を渡り、ぢゃかぢゃかと全身を削るように
擦り寄ってくる硝子繊維のような茂みに絡まれないように
斜に構えた脚の先から踏み分け押し分けて進んでいくと
突然地面から火でも噴き出したかように真っ赤な羽根の山鳥たちが
けたたましい鳴き声をたてながら頭上を越して跳ね飛んでいった。
その山鳥たちの
火傷のような大騒ぎに、こちらまで肝を潰され
両手を挙げたままの形で、
草の中にドウッと倒れ込んでしまった。
空は、夏草のその先でくるくると廻り、ようよう立ち上がっても
ぐねりぐねりと頭の中が回って、来た道も見当たらず
もう一度ばったりとひっくり返ってしまった。
『けしからん、ここへは入るべからずとあれほど言ってある。』
その声に顔を上げると
、鹿踊りのような頭飾りをつけ
きちんと詰襟の緑のシャツを着た男がぬうっと立っていた。
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『立入禁止の看板があるだろう、それから此方は俺様の楽園だ
勝手に界境線を超えてはもらうまい。』
「あれは、確か役所が建てたものでは・・・」
緑のシャツを着た男は細長い手足をギチギチと奮わせて力んだ。

『やかましい。看板を誰が建てようが界境線を越えればこちらが法律だ。』
「そんな法律なんて聞いたことがありません。」と応えると
『ええい、法律だ。口答えする奴をアモってやれ。』と叫び
何処から湧いたか黒い身形なりの若者が三人現れ出たのである。
若者たちは、お互いにつるりとした顔を見合せながら困惑しているようで
『アモれってさ、君がアモれよ。』『アモって堪えるのかなあ。』などと
顔を見合わせているけれども、こいつ等にアモられるらしい当事者としては
「アモる」がどういう行為だか、そもそも賞罰どちらの行状かも判らない。
キョトンとなって「アモるって、いったい何ですか。」と尋ねたら、緑シャツ男は
シャツの裾を大きく開け鹿踊りの頭飾りをワナワナと震わせた。
そんな始終を見ている黒い若者たちは頭を突き合わせて
『この兄さん、アモられるのを知らないらしい。じゃあ驚かないね。』
『なら、利き目が無いよ。いっそゲゾってやればいいんだ。』
『ああ、ゲゾリンコなんて遣られたら、きっと腰を抜かすだろうよ。』
なんて勝手なことを言いはじめ、緑シャツは怒りのやり場に
夏草をブチブチと食い千切りながら辺りを跳ねまわった。
『アモるのもゲゾリも無しだ。いっそズブサを見舞ってやれ。』
黒い若者たちは大男の緑シャツよりずっと小柄な体つきで
その勢いにはなかなか付いていけないらしく、少し青くなりながら
ひとり二人と草藪の中に隠れてしまい不満そうな声だけが聞こえた。
『ズブサなんて僕らの仕事じゃあないよね、アモるとかゲゾるってのが
どんなもんだか自分だって遣られたことが無いくせにさ。
それを恩人の兄さんに向かってやらせるつもりかい。』
『さっきの山鳥にでも突っつかれたら良かったのに、この兄さんが
蹴散らかしたのを、自分の威厳で追っ払った積もりでいるんだ。』
『そうそう、帰り打ちで兄さんにペショられてしまえば良いんだよ。』
緑シャツはイライラその陰口を聞いていたが『もうお前らには頼まん。』と
言い放つと、ばっと緑
シャツを翻しながら飛び掛かってきたので
仰け反りながらも被っていた麦藁を振りかざし、めくら滅法に叩きあげた。
一瞬に辺りが静かになったから、そっと目を開いて見たけれど
そこにはもう緑シャツの大男の姿は跡形もなく消えていた。
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夏の空がまあるく雑草に縁どられて、ぽっかりと見えるだけである。
いったいあれは何だったのだろうと考えながらも行きつかぬまま
療養中の筈の重たい身体を起こし、もう一度周りを見回していると
野菊が足元から見上げるようにして『こっちだよ。』と言うから
しゃがみ込むと雑草の陰から黒い若者たちの声だけが聞こえてきた。
『ははあ、案の定ペショられたね。あんまり威張るから良い気味だ。
仲間を呼んで陽の高いうちに曳いて行こうじゃあないか。』
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紫陽花たちは
何時降るか解らぬ雨を待ってひと月余り
すっかり仕折れながら
も己の行く末などちっとも気にならぬのか
自分自身の枯れ茎を杖代わりに頼って、突っ立っている。
そっと花殻を撫でれば、風も吹かぬのに『じゃがじゃが』と
音とも声ともつかぬこと呟きながら頭を垂れて頷いている。
なにが「じゃがじゃが」だか知らないが、こんなふうで風の丘では
草も木も勝手にしゃべったり歌ったりしているのである。
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また、笹百合が信号灯のように背伸びして木道を指差し
何も言わずに、ぶいんぶいんと二三度、身震いの仕草をしたが
多分帰れ帰れと促しているのだろう。
背の高い夏草の中に分け戻ると草の実がプチプチと弾き
顔や襟もとにあたりジガジガとくすぐる。
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木道を渡りきって振り返ったら、夏祭りの終わり方のように
黒い蟻たちが行儀よく集まって列をなし、潰れたキリギリスを
静々と暗い草陰の中に曳き納めに行くのが見えた。
そこで還りの道々に「はて。」と考えていたのだが
自分は既に全身をアモられていたり、思いっきり背中あたりをゲソられ
寄りによっては心の臓辺りをズブサなんて目には遭っていないのだろうか
何しろそれらが毒気や邪気を孕むものか効用をもたらすものか
その顛末さえ判らないのだから「無事に。」とは断言しがたく
上手く逃げ果せたという確信が持てないでいるのである。
この後に療養が長引けば毒気か邪気に当たったことになろうし
もしも全快が早まれば、その効用があったのかもしれない。
:::
昨夜そんな陰妙な夢を見たものだから
確認するわけではないが
、カメラ片手に
夢の通りに麦藁を被って月の広場を訪ね
草藪に分け入り、写真を撮りながら

昨日より幾分、身心が軽くなった気がしている。
☽☽☽☽☽☽☽☽☽☽☽☽YUMEBYOUTAN☽☽☽☽☽☽☽☽☽☽☽☽
肋骨夢病譚▶夢の続き
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通り雨に
新聞の天気欄では晴れのち曇りの予報だったのに
午後には黒い雲が増殖しながら青空を侵食し
日蝕された空は鉛の陰を落とした。
雨粒を背負った車が坂を上がってきて間もなく
突然、大粒の雨が降り始めたが
どうやら通り雨に追われながら走って来たらしい。
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勢う雨に池の水面が騒ぎ立てるのを
覗くでもなしに目を向ければ、紅い花が浮いていて
五年前に植え、一度も咲かずにいた紅睡蓮だと気付く。
一年、二年は期待して待っていたけれど
三年目には期待というより植えたことさえ忘れていて
新たに買い足す程の興味すら失せていた。
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こうして忘れたころに咲かれると
また毎年、期待したくなるぢゃあないか、と
通り雨を遣り過しながらレンズを向けた。
先ほど、上がってきた車は隣の蒼林窯に
用件で来られたYさんで、帰りしなに顔を出され
ほんのひと時、時雨れて通り雨のように去っていった。

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北の国からの便り
つい先日7月10日、坂元昭二氏のコンサートで
彼の定番曲「北の国から」を聴いたが
まだ、その余韻も冷めやらぬうちに
北の国からの便り。
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北海道で馬牧場を営まれている、はるかさん。
これまで各県からのご注文を頂いてはいたが
北海道からは初めてのことである。
改めて何とも不思議な時代になったものだと思う
北海道と九州、日本の端っこ同士
こうしてNETで繋がれるとは思いもしなかったが
写真を見ながら遠い空の下に思いをはせてみる。
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北の国は夜が長く、冬ともなれば
閉ざされる時間も長く、そんな長い時の中で
こぎんのひと針ひと針が、かたちを紡ぎだしてゆくのだろう
左下の柄は馬のこぎん刺しだそうで、さすがに馬牧場らしい。
自分の針山の台がこうして作品になっていくのを見ると
何だか、こそばゆいようで嬉しいものである。

 

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針山の台が御縁で息子さんのスプーンもご購入戴き
離さず使っているそうだが、こうして写真を見ると
「ああ、この子が使ってくれているのか。」と
実感がわいて、ほくほくと顔が弛んでくる。
これからは天気予報を見るたびに
北海道の天候も気になってきて
「ああ、雨か、こんな日は馬たちも大変だ。」と
雨に濡れる牧草の原に佇む厩舎を
思い
秋の終わりには「へえ、もう雪が積もったのか。」なんて
牧場の雪景色を思い浮かべたりするのだろう。

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初恋の杜
今回で坂元昭二氏のコンサートも7回目
4回目からテーマに合わせた
杜の舟のための新曲発表と
木工作品を
コラボレーションするという大人の遊びを始め
今回もボサノバ風の「羽を休めて」を作曲して頂いた。
さてそこで、来年のお題であるが
坂元氏と事前に打ち合わせをすると面白くないので
毎回のことだけれど、坂元氏に縁遠く苦手そうな
テーマを演奏を聴きながらイメージを膨らませて決める。
今回演奏曲目の中では京都の庭を訪ねてとか
奈良の仏像を見て、なんて言うのから、果ては
ミストラルなんて心の動揺をかきたてるようなのが
多かったので、爽やかでキュンとくるような
簡単そうで難しい曲を提案することにした。
「次回の御題決まりました。【初恋の杜】です。004_201607111105382f7.jpg
弾けるレモンスカッシュのちいさな泡粒のような
爽やかだけど想い出すたびキュンと甘ずっぱい曲。
私は、それに合わせて譜面などを置く坂元昭二氏専用
サイドテーブルを製作することにしましょう。」
そういいながら、さらに注文を続ける。
「今回のアールヌーボー風ギタースタンドを作りながら
思ったことですが、作り手っていうのは、放っておくと
どんどん技巧的なことにのめり込んでしまい
対象者と乖離してしまうことがあります。今回は
技巧に走らず音数少なく、シンプルながらも
きらりと技の光るそんな曲をよろしく。」
それは、観客の前でこれだけ注文を付けられると
後にも引けず、嫌がられるのもわかっているが
プロってのは困ったもので『くそ~、そこまで言うなら
やってやろうじゃないか。』とその気になってしまうから
これまた次回の5曲目が楽しみなのである。
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しかし、これだけの条件をつけてしまうと
そのまま自分にも跳ね返ってくるわけで
「レモンスカッシュの泡粒のようなサイドテーブルって
いったい、どんなのだろう・・・」と困ってしまう。


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青空へ昇るには
展示会出張で3日間工房を空けて居ただけなのだが
丘を吹きわたる緑の風と草木の匂いが恋しくて
朝一番にまだ朝露で銀に濡れたままの月の広場を歩けば
黒く切り抜かれた切り絵のような不如帰の影が
せわしく啼きどうしたままで、空を翔けてゆき
裏の山では青啄木鳥がドラミングを木魂している。
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先月だったろうか、捩子花は何時咲くのだろう
もうとっくに時機を逸してはいないかと思ったことがあるが
伸びた夏草の中から、ひょろりと螺旋の花を覗かせていた。
毎年、待ち焦がれながら見ている筈なのに昨年は何時のころに
咲いたのだか忘れているのである。
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記憶に留めるには複数の事象を重ねると覚えやすいから
ふっと、Mさんが、この捩子花に出逢ったら
どんな風に思うのだろうと妄想してみるのである。
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『捩子花はね、梅雨の晴れ間、青空に昇る
花の螺旋階段だよ。』そう言いながら
まだ朝露に濡れた夏草の中に
仰向けに
華奢な身体を投げ打ったまま
空を透かして眩しく笑い、
小さな指先は
螺旋の階段をなぞりながら昇っていった。
そんな夏の朝。

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0000morinof00000000000 福岡県筑豊の小高い丘の上に棲息工房「杜の舟」を生業としながら小説・児童文学などを執筆

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